思いがけない贈答品
 



この冬は記録的な低温の冬だそうで。
例年の習いで雪が降り積む北海道や東北や北陸のみならず、
関東地方や関西では南紀、四国や九州といった、
降りはしてもちらほら止まりで積もってもうっすら程度という地域でも、
道路が凍結したり、うっかり夏用のタイヤのままだった車が立ち往生したりという、
慣れない身には壮絶な雪の被害が襲ったほどに、様々な支障が出たほどで。
帝都やヨコハマでもそこは変わらず、いやさ異常気象への脆弱さがあちこちで露呈して。
路面の凍結から高速道路やベイブリッジが使用不可になったり、
電車が間引き運転となって改札制限が行われたり。
水道管が破裂した挙句の断水に見舞われたり、
電線の寸断から停電となったり、通信関係で混乱が起きたりと、
公的機関から市民生活まで、様々なところで思いもよらない支障が出まくった大豪雪と寒波から
数日を経たことでやっと落ち着いたばかりだというに、

「明日もまた、太平洋側から接近する低気圧の影響であちこち寒波に見舞われるらしいですよ。」
「うぇえ、勘弁してほしいなぁ。」

社屋周辺の雪かきくらいならまだいいが、
先だっては、列車が停まるわ道路も渋滞でほぼ封鎖状態になるわな中、
某国大使との緊急の条約締結という儀があるとの依頼で、
特使を負ぶった敦と賢治くんとが自前の足で雪の街道をひた走り、
途中で高速艇も使いつつ、ヨコハマ港某所までを走ってお使いという難事を任されもしたし、

「あれがなまじ成功したものだから、
 豪雪でも安心とみなされて、便利屋扱いされかねないんだよねぇ。」

「そんな無体な…。」

そりゃあ寒かった中、
そちら様も必死でしがみついてた特使のおじさんと妙に友情が芽生えちゃったほどの難行を、
成功したばっかりになんて言われてもと、
敦が だからヘタレと呼ばれる所以、情けなくも眉を寄せて気弱そうに失意のお顔を見せたれど。

 「冗談だよ、冗談。」

本気で責めたりなんかするものかと、太宰がくすすと吹き出して。
頼もしい大きな手で、白銀の髪が載った頭をポンポンと軽く撫でてくれ。

「不要不急の外出は避けよなんて政府筋からして公言しているんだ。
 あんな無理難題は言って来やしないって。」


   ◇◇


とはいえ、その極寒や豪雪とやらが来る前では話は別なのか、
港近くの公園で、冬の夜のイルミネーションを
何へ悲観したかナイフを手にぶった切ってる危険人物がいるとの通報があり。
LEDの配線を片っ端から大きなナイフで切り裂いては、
せっかくの華やかなライトアップやカラフルな電飾の数々を闇へと没しさせ、
何やら気分が高揚しているものか、ぎゃははと馬鹿声で笑っておいで。

「…もしかして危険ドラッグとか。」
「キメているのかも知れないねぇ。」

酔っ払っているかのような千鳥足だし、
よたよたっと遊歩道を進む姿は、
ぶんっと大きく振ったナイフの遠心力に振り回されているかのようで。
それなりの見物客がいたのはとっくに避難させており、
日が長くなったとはいえ、さすがにとっぷり暮れた宵の中。
そんな危ない犯人を前に、
最寄りの所轄警察の巡査の方々が警棒を構えていたものが、
顔も名前も通じている仲、
よってこういった荒事への処断も知られている武装探偵社の面々が来たとあって
さぁさどうぞと最前列に誘なわれ。
しょうがないなぁとの苦笑を見せたのも、ある意味で余裕のご愛嬌。
夜風をはらんでばさりとたなびく長外套に長い脚を叩かれつつ、
街灯が石畳の上へと落す光の輪の中へ ひょこりと立った太宰の姿へ、

 「? ああ"?」

何だ貴様とでも訊きたいか、濁った声で尻上がりにがなった男へ、

「なに、この寒いのに何しているものかと思ってね。」

良ければ話してくれないかいと、
そりゃあ明快な態度で やや鷹揚な口の利き方をしたのが癇に障ったか、

 「…っせぇなっ。」

乙に済ましてる奴が目障りなとかどうとか喚きつつ、
ナイフを振り上げ突き出すと、
ばっさばっさと酔ったようなめちゃくちゃな軌道で振り回し。
それでも着実に太宰の立つところへ向かってはいるのを、
後ろ向きのまま ちょんちょんと軽やかに避けて避けて、
公園の一角まで誘導してゆき、

 「逃げてんじゃねぇよっ!」

勝手なことを怒鳴ったその鼻先へ、
ひょっと落ちて来たのがダウンジャケットを着た細身の少年。
丁度売店が傍らにあって、その屋根の上に待機していた敦が、
太宰とナイフ男の狭間へ降ってきた格好となり、

 「危ないですよっ。」
 「ぐあっ!」

余りの不意打ちだったためか、びっくりしてやや仰け反った相手の手、
優れた動体視力で見極めたそのまま、
一見すると無造作、だが虎の異能を発揮しての素早さで、
がっしと掴み取って拘束し、関節を強く握って凶器を捨てさせ、
ひょいと手を上げ、相手の手も吊り上げることで抵抗を封じて。

 「み、身柄確保っ!」

わっと詰めかけた警察の方々へ、どうぞと差し出し、これで任務はほぼ完了。
U字形の金具に柄の付いた“刺股”で取り押さえるにしても、
相手を興奮させぬよう駆け引きしいたりに時間が掛かったろうから、
途轍もない時間短縮での解決へは、感謝もしきりで。
顔馴染みの刑事さんたちから “ありがとな”なんて頭をぽすぽす撫でられた虎の子くん。

「いやあの、えっとぉ。//////」

慣れないお褒めへ赤くなって、
ちょっとばかり逃げるような態度で太宰の元へ駆けてくのがまた可愛いねぇなんて、
一同からの苦笑を誘った一幕もあり。
無残にも切り裂かれたイルミネーションは
明日にも担当の方々へ連絡して補修してもらうとして、

 「さて。じゃあ帰ろうか。」

急な事案で時間外勤務もいいところ。
すっかり暗い夜陰の中、
それでも一応顛末の報告があるので、一旦探偵社へ戻ろうかと。
担当の警部さんと現場検証への打ち合わせなどなどを刷り合わせていた太宰が
少し離れて待っていた虎の子くんを振り返ったところ、

 「……。」
 「敦くん?」

街灯の真下に立ってたせいか、顔が前髪の陰になっててよく見えない。
何だか様子がおかしいなと、
こちらからも歩み寄って“どうかしたかい?”とあらためて覗き込めば、

「何だかあのあの、異能が解けないみたいで…。」
「おや。」

脚力や膂力への筋力増加程度に降ろしていた虎の異能。
もう随分と慣れたそれで、
意識を解けば引っ込んでいたそれが、何だか今宵はすんなりと消えない。
鋭い爪こそ出ちゃあいないが、手や腕の肌へびっしりと虎の毛並みが出たままだし、
気のせいでなければ頭には虎耳まで出ているようで。
そんなまで高ぶってなんかいなかったのにな、どうしたんだろと、
自分の身が思うようにならぬこと、不安そうに眉を下げてる後輩さんへ、

「大丈夫だよ、ほら。」

それこそ、入社したばかりな頃には稀ながらも時々起きたこと。
なのでと、懐かしいねとの苦笑を見せつつ、
太宰が長い腕を伸ばし、街灯に照らされた白銀の髪へぽそりと手のひらを乗っけたが、

 「………………あれ?」

別に叩かれるはずもなく、それは敦にも判っていたが
哀しき習性でついつい目を閉じ、ぎゅっと身をすくめていたそのまま、
じっと待つこと……幾刻か。
太宰のちょっと不審そうな声がして、何だ?と目を開ければ、
先輩さんの包帯巻いた腕越しに、いつもの美人なお顔が見えて。
そのお顔が…アーモンドみたいな形のいい双眸を見開き、ぽかんとうっすら口を開け、
何とも不思議なものを見るような表情になっている。
え?え?なんですか?なにかあったんですか?どうしたんですか?と、
普段以上の瞬きとおどおどした上目遣いとで、ドキドキしながら訊いたつもりの敦少年へ、
頼もしき先輩から返った応対はというと、

 「…あ・つ・し・く〜〜〜んっvv」
 「へ? え…っ、ひゃあっっ?!」

呆然としていたお顔が見る見るうちに満面の笑みに染まったそのまま急接近して来て、
長い腕にてぎゅうっとばかり、その懐へ抱きしめられている。
何だ何だと慌てたものの、
広くて頼もしい胸板は堅く、腕の拘束もなかなかに手際を心得ていて振りほどけない。

「ど、どうしましたか? 太宰さんっ。
 ボクです、中島敦です。あくt…わじゃありませんてば。」

何をとち狂ってるんですか、もしかして芥川と間違えてませんかと。
まだ周辺に警察関係者がいるので名前の部分は誤魔化したものの、
何だかはしゃいでいるらしい太宰の耳へ届いているのかどうかも怪しい。
優しくて、時に剽軽なところもお有りな先輩さんなので、
こういうじゃれ合いがこれまでにもないではなかったものの、
あまりに唐突が過ぎて何だ如何したと焦るばかりの敦だったが、

  ふと気が付いたのが

背の高い太宰がその頬をスリスリと擦り付けてる自分の頭で、
何かこう、感覚のある何かがくしゃくしゃと柔らかく揉まれているよな感触がある。
位置としては全然そこじゃあないけれど、
強いて言えば耳たぶをやわやわと揉みしだかれているような…?

 「……?」

あれれぇと瞠目し、そのまま再び何度か瞬き。
二の腕ごと上体をぐるんと掻い込まれていて気付くのが遅れたが、
そおっと腕を上げればそれを素早く太宰に掴まれ、
ふわふかな毛並みの上をやはりにこやかに頬ずりされており。

「…あの、もしかして。」
「いやいやいや、なんて果報だろうねぇ。
 敦くんの毛並み、私もモフれる日が来ようとはvv」

果報というのは厳密には前世でいい行いをした報いのことなので、
この場合はちょっと当てはまらないような気もするが、
そんな細かいことはどうでもいい。
異能無効化というチ―トな異能を持つはずの太宰さんが
こうまで触れていても引っ込まないなんて、
単なる暴走ではないのだろうか?
自分の身に一体何が起きているの?と、
瞳孔が消えかかってしまいそうなほどの呆然自失していた敦くんだったけれど、

 「ああ済まない。つい興奮してしまって。」

何たってそのチ―トな異能のおかげで、自分だけは今の今まで無縁だった。
他の社員はもとより、ポートマフィアの中原中也、
この子とはついつい喧嘩腰になりもする相性の (就業中に限るが)芥川でさえ、
柔らかな毛並みに触れ、寝落ちするほどという恩恵にもあずかっているというに。
自分だけは、触れたら最後、無効化の働きにより消えてしまうため、
どれほど柔らかいそれなのか想像するしかなかったものが。
念願かなってじっくり触れるなんてと、
思いもよらない好機が飛び込んで来たものだから、
らしさが吹っ飛ぶほどに常の冷静さもかなぐり捨てて、
可愛い後輩くんを掻き抱いてしまった太宰だったようであり。

 「あの……。///////」

彼のらしくない興奮ぶりは判ったけれど、
そうなっておいでのそもそもの原因が不明なままだ。
ただの捕り物、しかも単純なそれだったのに、何で異能が引っ込まないのか。

 「なんでこんな…。」

そこが不安なんですがと、心細げに背高のっぽの先輩さんを見上げれば。
蕩けそうなお顔のまま、淑女の手を取るようにかかげた敦くんの手の甲へ頬を寄せつつ、

 「はっきりそれが原因かどうかは判らないけれど。」

ふふーと笑って続けつつ、肩越しに振り仰いだのが、
丁度雲間から顔を出した月影で。

 「あ…。」
 「そう。今宵は皆既月食だったようだね。」

満月の上へ地球の影が落ち、一夜のうちに徐々に欠けてゆく現象。
それがちょうど今の今 起きてたようで。
満月なのに月光は遮られているという不思議な巡り合わせの中、
月の下で白虎をその身へ下ろす敦の異能が混乱してでもいるものか、
無効化という太宰の力が触れても消え切らずにいるようで。

「…こんなことってあるもんでしょうか。」
「あるんじゃないの?」

別段、手が付けられぬ方向で暴走しているわけではなしと、
楽観的な言いようをする太宰であり。

 「いやぁ、こぉんなに気持ちいい手触りを皆は堪能していたのだね。」

中也なんて寝落ちするって自慢していたし、
現に芥川くんもあっさり陥落していたし、なんて。
少年の髪の中、口許をうずめて語るのが、
見ようによっちゃあ恋人相手の抱擁にも似ているようで。

 “………わあぁぁあ。///////”

芥川に見られたら誤解されないか?これ。
いやその前に中也さんだよ、八つ裂きにされちゃわないかと。
このままじゃあいけないと思いつつ、
ああでもでも、いい匂いだなぁ、
広くてゆったりして頼もしい懐ろだもんなぁなんて。
凍りそうな寒さから庇われてるのは助かるかもなぁなんてこと、
ちゃっかり思ってるいけない子。
ゆっくりゆっくりとその姿を地球の陰へ吸い込まれてゆく赤い月に見降ろされ、
普段とはやや変則な組み合わせにて、
片やはさらさらふわふかな毛並みと、片やはいい匂いの懐とへ、
頬を寄せて堪能中の二人だったそうでございます。



     〜 Fine 〜    18.01.31.


 *今宵の皆既月食の月は“スーパーブラッドブルームーン”という手合いだそうで。
  こういうアクシデントが、もしかしてあったらなあと思い付きから殴り書きました。
  ちなみに、
  もしももしも、双方の連れ合い様がやや遠くにて来合せていたらば、

  「離せ芥川っ! 糞鯖に一撃入れてやるっ#」
  「もうちょっとだけ待ってやって下さい、中也さんっ!」

  そっちはそっちで必死の攻防があったやもしれません。(笑)